なぜ、ぼくは右翼と相性が悪いのか?

 今日ある人と話をしていてちょっと不愉快になった。
 その人とは別に仲が悪いわけでは無く、いろいろ仕事も一緒にしてきたのだけど、何となく右翼的な考え方の人である。「レイシズムは差別じゃない」と、いわゆる「差別じゃなくて区別」論を頑固に言い張る人だ。しかし別に悪い人ではないし実際いろいろ世話になってもいる。
 それでも今日不快に感じたのは何だろうなあと考えた。どうして、ぼくは右翼的な人と相性が悪いのだろう? それで行き着いた答えが、右翼的な思想は本質的に身内と他者という区分けをする思想だからだということ。
 もちろんそれは「右翼」に限ったことではない。スターリン主義者だって内ゲバ主義者だって同じようなものだ。だからぼくはそういう「左翼」も嫌いだ。というかそんな左翼はそもそも左翼として大きく間違っている。韓国のムン・ジェイン大統領や北朝鮮のキム・ジョンウン氏、中国の習近平主席も嫌いである。安倍総理やトランプ大統領と同じくらい。
 もちろんある課題を巡って意見や利害が対立することはある。敵や味方に分かれることもある。しかしそれはあくまでその課題における対立でしかない。味方=身内、敵=他者もしくは、身内=味方、他者=敵というのとは違うと、ぼくは思っている。
 そもそも身内とか他者という区分けがなんだか居心地が悪い。ここに触れられるとぼくは不愉快になるのだ。
 ぼくは社会主義者であり共産主義者だ。社会の維持が重要だと思うし、個人主義絶対ではないと思う。しかしその時に社会をイコール身内と考えてしまうことには異議を唱えたい。社会はシステムであって身内も他者も無い。あくまで私個人と社会(システム)の関係であり、あえて身内というならそれは私一人だけと言えるかもしれない。
 おそらく、ここのニュアンスが右翼的な人と決定的に違うのだが、はたしてどれだけの人がぼくの感覚を理解してくれるか、あまり希望は持てない。
 でも、ここが一番肝心なのだよ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です